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熊本家庭裁判所八代支部 昭和42年(家)51号 審判

申立人 山上政二(仮名) 昭三七・一・二二生

右法定代理人親権者母 米津信子(仮名)

相手方 山上重二(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一  本件申立の要旨は、申立人は昭和三七年一月二二日相手方と申立人法定代理人親権者米津信子との間の長男として出生した者であるが、相手方と右米津信子とは昭和三九年九月一七日協議離婚し、その際申立人の親権者は右米津信子と定められ、以来申立人は右信子によつて監護養育されている。しかし信子は八代郡○○町所在の○○店で稼動するが月収金六、〇〇〇円程度の収入であるため申立人の養育に困難を生じているところ、相手方の収入は離婚当時月収金一万七、〇〇〇円程度(但し現在の収入は不明)である上父の死亡により相当の遺産を相続しているので、相手方は申立人に対し扶養料として同人が小学校卒業するまで月額金八、〇〇〇円を支払うことを求めるというにある。

二  本件審判申立の経過についてみるに、米津信子は昭和四一年一二月二〇日当庁に対し申立人の親権者を右信子より相手方に変更する旨の調停申立をなした(当庁昭和四一年(家イ)第一一七号)がその理由は右信子は離婚後生活に困窮しているので、相手方に対し申立人の扶養料の支払を求めるためその手続として申立人の親権者を相手方に変更するというにあつて、昭和四二年一月一二日、同月二六日の二回に亘り調停期日が開かれ、その調停では信子の意図のとおり相手方に対する申立人の扶養料支払の請求が話し合われたが、相手方は離婚の際申立人の扶養料を含めて慰藉料として金五〇万円を支払つたのでその申立に応じられないと主張して扶養料負担は勿論、親権者変更についても当事者の合意が得られなかつたため信子は右申立を取下げ、改めて本件審判の申立をしたものである。

三  そこで当裁判所は審案するに、当事者の提出した資料および当裁判所調査の結果並びに昭和四一年(家イ)第一一七号親権者変更事件記録によると次のような事実が認められる。

申立人の母米津信子は昭和三六年四月二八日相手方と婚姻し、相手方の母やその家族と共に共同生活を営み、昭和三七年一月二二日相手方との間に長男として申立人を儲け右信子と相手方の夫婦仲は平穏であつたが、信子の性格が姑と小姑によつて容れられず同人ら間の折合いが悪くなり、遂に信子は実家に帰つて相手方と別居するに至つたが、信子は相手方に対しては強い愛情と執着を持ち同人との婚姻を継続する熱意を持つていたが、姑と小姑との不和が根強いためそれも実現できず、信子と相手方の婚姻を仲人した畑野誠、小沢正夫、山口義市らはその事態を憂慮して信子と相手方が円満な夫婦関係に戻ることを念願してその調整に当つたが効をそうせず遂に信子と相手方は離婚する破目となつた。その際、前記仲裁人らは申立人の将来について特に配慮し、信子および相手方の離婚後の生活状況、特に経済能力の点から申立人は相手方において養育監護されることが希ましいと判断して、その旨信子を説得したが信子は強固にこれを拒否したので遂に申立人は信子が親権者として養育することになり、前記の事情から信子も申立人の養育費を含む財産分与並びに慰藉料として金一〇〇万円を要求したが、相手方の承諾が得られず仲裁人らの仲裁の結果、結局相手方は信子に対し前記趣旨から金五〇万円を交付することになつて協議離婚が成立し、昭和三九年九月一七日その旨の届出がなされ金五〇万円は信子に支払われた。そこで信子は以来申立人を養育しているが、昭和四〇年一〇月から約一年間愛知県で稼働し月収手取金約一万円を得て申立人の扶養のため毎月約金三、〇〇〇乃至五、〇〇〇円を送金していたが、昭和四一年一一月から八代郡○○町の○○店に勤め月収約一万円未満(その金額は明らかでない)で家族は申立人と信子の両親の四人家族で信子と母の収入により生活を維持しているが、信子は離婚後前記受領金五〇万円のうち自己の遊興に消費したり父の債務の支払に当てた部分もあるため現在は一部の残金(但し金額は明らかでない)を保有するにすぎないこと、一方相手方は八代郡○○村の役場吏員であつて離婚当時の収入も低いので前記五〇万円は兄よりその援助を受けて信子に交付したもので、離婚後分家して家屋(木造瓦葺一部二階九四・二一平方米)を新築して貰い再婚の上一子を儲けたが、収入は毎月平均手取約二五、〇〇〇円で、不動産として同村○○○○○所在の宅地(二〇八・二六平方米)と山林(五六・一九平方米)および兄隆一との共有山林二筆(八六六・一一平方米、二二三一・四〇平方米)を所有することが認められる。

以上のとおり前記離婚の際当事者本人および仲裁人らも申立人の将来について特に配慮し、仲裁人らは当事者双方の経済的能力から判断して前記認定のとおり相手方による申立人の養育が最も希ましいと考え、その提案をしたが信子の強固な拒否によつて実現されるに至らず、申立人は信子によつて養育されることになり、以上の事情から相手方は申立人の養育費を含む財産分与並びに慰藉料として金五〇万円を信子に交付したが、勿論その際右金員について申立人の養育費を含むことを特別に明示した事実はないが、相手方および仲裁人らもそれを含むことを当然と考え当時の相手方の経済的能力、信子との婚姻期間その他諸般の事情から考えても前記金員は信子の主張するごとく申立人の養育費が含まれないと解するのは相当でなく、前記認定のとおり申立人の扶養料を包含した趣旨で前記金員が決定されたものというべきであるから、離婚後の申立人の扶養は信子において負担する旨の合意が成立したものといわなければならない。

いうまでもなく、両親が離婚する際いずれか一方が扶養料を負担することを定めて親権者を指定した場合、その協議に基づき未成熟児を扶養する親は他方の親に対してその扶養料を請求することは原則として失当というべきであるが、かかる協議が存する場合においても現に扶養する者が経済上扶養能力を喪失しまたは扶養監護に不適当な家庭の事情が生ずるなど前記協議の存在を理由にその負担に対する扶養義務を維持することが相当でない特別の事情が発生した場合は扶養する親より他方の親に対する扶養料請求を肯定しうるものと解すべきである。

そこでこれを本件についてみるに、現在信子の収入による申立人の扶養が困難であることは窺われるが、信子は離婚後前記金五〇万円を自己の遊興に費消したり父親の負債の支払に当てるなどしたためその大半を費消し(残余金の額は明らかでない)自らの責に帰すべき事由により申立人の扶養困難な事態を早期に発生せしめ、相手方の経済的能力を考え併せても、以上の事実のみをもつて離婚後三年有余を経過したにすぎない現在の段階において、直ちに相手方をして扶養料を負担せしめなければならない特別の事情が発生したものと解することはできない。

よつて申立人の本件申立はその理由がないのでこれを却下することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 松尾俊一)

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